@大阪ステーションシティシネマ スクリーン12。これが初・大阪ステーションシティシネマ、ネット予約と発券システムはなんばパークスシネマのものと同じなのにカードは別だからめんどくさい。しかもここへ上がってくるまでのエレベーターは非常に混雑するので導線がイマイチなエスカレーターで上がってこなければならず……なんばパークスシネマも導線で言うとどっこいどっこいだが、上映ラインナップが貧弱な大阪ステーションシティシネマをわざわざ選ぶ理由はないかな。
映画は宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」を原作としている。杉井ギサブロー、ますむらひろしの組み合わせもあって「銀河鉄道の夜」イメージ。今回、先入観なく見たかったので「銀河鉄道の夜」は録画したまま置いておいて見てみた。
正直に言おう、「これはひどい」。小学校の時、宮沢賢治の童話はいろいろと読んで、すごくふわふわした印象を受けたんだけれど、それをそのまま映像化している。つまるところ、「あれ?ここでもうシーン切り替わってしまうの?」という展開の早さと、折々に夢のシーンが挿入されることで、よくいえば幻想的な雰囲気の作品、悪く言ってしまえばストーリーが意味不明な作品として仕上がっている。章立てでわけるとネリがさらわれるまでが第1章、山を下りて赤ヒゲに世話になる第2章、イートハーヴの町へ出てクーボー博士と出会い火山局に勤める第3章。1章、2章が30分ずつ、3章が残り(約60分)ぐらいの割り振り。
ブドリはネリを探し求めて彷徨い続けるキャラクターではない。ブドリとネリを生かすために父母が相次いで山に姿を消し、さらにネリまでさらわれてしまって一人きりになったから、ブドリは山を下りただけ。赤ヒゲのところで世話になったのも、食い扶持を得たからだ。感情移入しやすいヒーローではなくて、すごく等身大。途中、夢の中でネリをさらった男を追いはしたが、火山局に勤める傍らネリのことを探すということもない。そりゃ、飢饉の中で行方不明になった幼い妹が生きてるとは思わないから、正解だけどさ。原作通りだけどさ。
キャストはブドリが小栗旬、ネリが忽那汐里、クーボー博士が柄本明。まぁ、このような作品なので、せめてキャストで集客するしかないよね……。教育的アニメ……かなあ?ますむらひろしの擬人化された猫が動き回るところは間違いなくかわいいので、キャラクターデザインだけでおかわりいけるという人は見に行けばいいのでは。
共感した感想はコチラ。
[アニメ(単発)][映画]グスコーブドリの伝記 - BLOG@NO/ON(避難所)
イーハトーヴの未来都市としてのガジェットの数々の硬質感とが、相互に引き立てあっていてビジュアル映画としては申し分がないだけに、よけいに脚本構成の詰めの甘さが惜しくなる。ブドリの幻想の境界を描く意味が、火山局員としての最後の仕事に反映している関係性を、納得させるに足るレベルには達していないと観ていて私は感じた。